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『はたらくおとこ』を終えて。中山祐一朗×伊達暁×長塚圭史

『はたらくおとこ』を終えて。中山祐一朗×伊達暁×長塚圭史

初演から12年の時を経て再演された『はたらくおとこ』が千秋楽を迎えてから数日後、
暮れも押し迫ったとある日にメンバー3人が集合!
ちょっとしたおつまみとお酒を用意し、プチ忘年会をしながら
阿佐ヶ谷スパイダース20周年となった2016年を振り返りました。
最後には、それぞれの2016年の重大ニュースとみなさまへの2017年のごあいさつも。

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--まずは12年ぶりの再演となった『はたらくおとこ』の公演、おつかれさまでした。全公演が終わってみて、今の気持ちはいかがですか?
伊達……長かった。「あっという間です」と普通なら言いそうなものですが、長かった……。すごく充実はしていたけど、「やっと終わった!」と思ってしまいました。
中山長くなかった!もっとやりたかった!12年前と同じくらい役者と遊びたかったけど、体力的にギリギリだったのと、スケジュールがパツパツ過ぎて、なかなか飲むことができなかったから。
長塚そっちか(笑)。今回僕はそんなに出てないじゃん?
出番までは1時間半くらいあって、やっと登場したと思ったらすぐ殺されて、一応ハアハア息切らして帰ってくる。もうね、カーテンコールしたら早くバラシ(撤収作業)したいって思ってた。バラシをするのが楽しみで(笑)。20代後半から30代前半くらいはバラシとか、面倒なものから逃れたくて仕方なかったんだけど、今は「ちょっとでも役に立つんだったらやるよ!」みたいな気持ちなの。スタッフは朝から晩まででしんどいから、せめても出来ることはってね。
伊達舞台上の雪の掃除とか、僕らができることを手伝ってたけど、それも含めて楽しかったね。
中山バラシが終わったあと3人で飲むのも楽しかった。でも俺は最後、スタッフと飲めてないからな……。はぐれちゃって。電話でもやり取りしたのに結局たどり着けなくて。だからもっとみんなと飲みたかったなと思って。しかも俺以外の役者とスタッフ全員たどり着いてるんだよ。それに参加できなかったから……。
長塚イケテツ(池田鉄洋)は来てたけど、遠くで寝てたよ(笑)。
--12年ぶりに再演してみて新しく気づいたことはありましたか?
長塚12年経って劇自体の深刻さは増しているような気がするのに、今のほうがお客さんは喜んでくれているという感触はありました。もちろん役者の腕が上がっているということもあると思いますけど。自分の書いた戯曲が時を経てもお客さんに受け入れられるということがわかったのはよかったかもしれない。戯曲はそのときだけで消えてしまうものではなくて残っていくものだから、過去の作品を改めて見直す価値はあるのかなと。
中山今回、ラストシーンにかける池田成志さんの意気込みが全然違う気がした。成志さんに引っ張られるような感じで、ラストシーンに一番熱量を込めて演じた気がする。12年前と大きく違うところはそこかな。あとは、12年前はそんなに深く考えてなかったけど、このメンバーと一緒にこの役はもう二度とできないだろうから、やり残したことがないように覚悟を持ってやっていた感じはあった。
長塚成志さんは一度大ケガをして(2010年に右アキレス腱断裂)、芝居1本にかける思いが強くなっているんじゃないかな。
中山確かに初演のときは、成志さんの背中を叩くシーンとかで痛く叩くと「やめろよ!」とかって言ってた。でも今回は「痛くしろ、稽古だからって手を抜くな」と言ってくれて。
伊達北浦愛ちゃんにも「本当に蹴っていいから」と言ってたよ。
長塚成志さんのその意気込みというか、認識が深まったことによって、この劇が茅ヶ崎(中村まことさんが演じた役)によるものではなくて、夏目(池田成志さんが演じた役)によるものであったという戯曲の正解に近づけたことは大きいかもしれない。
伊達舞台上でまことさんとか成志さんとか、僕らよりも一回り年齢が上の先輩が体張ってる姿を見て、「俳優はいくつになっても動けなくちゃいけない」ということを感じましたね。自分は数え42歳の大厄だったんだけど、夏に膝に水が溜まっちゃって、まともに動けないから注射で抜いてもらったの。黄色い汁がぶっとい注射1本分出てきて、それを2回やって。その後遺症でまだ痛いんだけど。それもあって、本当に身体は大事だなと。この先何本芝居ができるんだろうということもすでに考え始めてますね。
中山早くない?俺、考えてないよ!でもその黄色い液体を見たら感じるのかもしれないけど……。
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大切な「つながり」に気がついた20周年

--20周年企画として、さまざまな企画をやってみたことに関してはいかがでしたか?
長塚良かったと思う。20年やってきたことを感じられたし。ここで20年の点を打つことに意味はあったんじゃないかな。
中山20周年のお祭りみたい感じは楽しかったけど、必死になりすぎて忘れちゃった。だって俺とか伊達とかおかしかったもん。『はたらくおとこ』にお客さんが入って欲しすぎて、20周年の宣伝で受けた取材で伊達が異常に饒舌になってたし(笑)。終演後のトークショーも慣れない中頑張ってやってみたけど、「本当はお芝居だけやれたら幸せだろうな」と思うほど慣れないことをしている感じはあった。
長塚中山っちはトークショーもそうだし、Tシャツも作って売ってくれたもんね。
伊達今回トークショーで客席が明るかったから、どんなお客さんが阿佐ヶ谷スパイダースを観に来てくれているのかわかって、それはとても良かったと思う。
長塚確かにそうだね。トークショーもパンフレットやホームページの企画もそうだけど、ゲストのみなさんが快く引き受けてくれてね。僕ら阿佐ヶ谷スパイダースは、そういう人たちに支えられているカンパニーだということを改めて感じました。僕らが困って頼れば助けてくれる仲間がいるというか。だから彼らが困ったときには僕らも行かなきゃいけない。そういうつながりがあることに気づけたことが一番重要かもしれないよね。
--今回の『はたらくおとこ』再演を経て、阿佐ヶ谷スパイダースのこれからに変化はありそうでしょうか?
中山それは圭史に聞きたいところだけど(笑)。やっぱり久しぶりに「阿佐ヶ谷スパイダースらしい」と言われる作品をやれたのは楽しかった。圭史にも響いている部分があるだろうから、この作品をやってよかったとは思う。
長塚僕にとって『はたらくおとこ』は作家性が強い作品で、俳優ができあがればかたちになるから、こういう作品のときは作家だけでもいいのかなとは思った。演出家としての興味はそこまで強く働かないというか。でも作家として『はたらくおとこ』のような物語を書くことは喜びだということもはっきりとわかった。例えば『荒野に立つ』(2011年)という作品は詩のような部分もあって、作品としても好きだけど、演出するときにも高揚する。「どんなかたちになるんだろう」という気持ちで全体が向かっている感じがするというか。俳優も、「役をやる」というだけではなくて、「一本の劇を作る」という感じになるから、そのときはリーダーシップを取って演出もやりたい。でも今回やってみて、「その中間のような作品はどうなんだろう?」ということも思ったから、いろいろ試してみてもいいとは思うよね。
中山「中間」という発想が圭史の中に生まれたんだね。『はたらくおとこ』って、圭史にとってはザ・エンターテインメントみたいな作品なんだろうけど、それはスパイダースの中だけであって、演劇界の中ではそうでもないと思うの。それぐらい先を行っている可能性があるというか。だから12年経って見てくれたお客さんの反応が圭史に喜びをもたらしてくれたのなら、そんなに先に行く必要はないんだと思ってもらえたらいいのかなと。
長塚俺はどんどん先に行きたいんだよ。
中山こういうことを言うとケンカになるから。
長塚でも、どんどん先に行きたいっていうやつと一緒にやることはおもしろいじゃない?
中山おもしろいよ。
長塚だから過去にやったものは放り投げて前に進んできたというか。今まで過去の作品は自分の中に蓄積はされていくけど、振り返ることには興味がなかったから。でも、三好十郎や木下順二作品と向き合うようになって、「この考え方は間違っていたかもしれない」とも思い始めたの。もう少し、ある時代の中で一生懸命作ってきた作品を見直してもいいのかなという気持ちはハッキリと生まれた。
中山「中間」という言葉が聞けただけでも安心材料だよ。お客さんにとって朗報な気がする。はっきり「朗報」って言っちゃってるけど(笑)。
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ゆるゆるとスタイルを決めずにやっていきたい

--『アンチクロックワイズ・ワンダーランド』で変化したけれど、また『はたらくおとこ』のような作品もやるのかなと思うお客さんは多いかもしれないですね。
長塚そういう可能性は上がったんじゃないですか。世の中では作・演出とひと括りにすることはあるけど、その脳みそを一緒にしてはいけないという葛藤が常にあったんです。自分の中で棲み分けられるときには同時にできるかもしれないけど。それについても考えるきっかけになりました。
--両方あっていいということですよね。
長塚そう。僕の中にはふたつとも息づいているわけだし。
中山『はたらくおとこ』はお客さんの反応が良くて、『荒野に立つ』のような作品は作る過程がおもしろいから、演じる側としてはどっちでもいいんだよ。俺が思った「中間」は「作家としての中間」という意味だったんだけど、圭史の中では「演出家としての中間」だったということを今の話を聞いてわかって、それもまたちょっとおもしろいなと思った。
長塚作家、演出家どっちもの「中間」だよ。
中山もともと俺は、「いろいろ試せるから稽古のほうが好き」と言っていたくらいだから、『荒野に立つ』みたいな作品も好きなの。お客さんが喜んだほうが嬉しいという気持ちもあるけど、作る過程がおもしろければ不満足なかたちでは舞台には立っていないから。本番でも笑いを取るためだけに間を決めなくていい芝居のほうが喜びがあるし。
長塚笑いって間だから、笑いと共存しながらやっていくとどうやったってカチッとしてきちゃう。どんなに崩そうとしてもむずかしいよね。本当は「笑いじゃないのに笑える」というかたちが一番いいんだよ。観に行きたいのは、「これはどうなってるんだ?」という作品だし、そういうものを探したい。
伊達『荒野に立つ』はそういう作品だよね。
中山正直、『荒野に立つ』はめちゃめちゃ好きなんだ……。
長塚俺も好きだよ。
伊達『荒野〜』の稽古スタートなんて、ランダムに並べられた椅子に座ってみんなでお経を唱えてたからね(笑)。この芝居はどういうところに行くのかさっぱりわからなかった。もちろん、『はたらくおとこ』みたいなお芝居も楽しいと思うのは事実だから、役者としてスタイルを決めずにいろいろなことをやっていきたいですね。
長塚カンパニーとしてもスタイルは決めないでやっていきたいよね。それが自然だと思うから。お客さんのことを考えて作品を作るということは、安定を与えるだけではないと正直思ってるんだよね。でもそれは、あまり言わずにおこう……(笑)。


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