HOME > SPIDERS INDEX

バックナンバーはこちら

阿佐ヶ谷スパイダース20周年特別企画「あの日、あのとき、この場所で」松村武?千葉雅子?伊達暁

阿佐ヶ谷スパイダース20周年特別企画「あの日、あのとき、この場所で」松村武?千葉雅子?伊達暁

阿佐ヶ谷スパイダース20周年鼎談企画もいよいよ最終回!
今回は伊達暁がカムカムミニキーナ松村武さんと猫のホテル千葉雅子さんというふたりの主宰をお迎えし、まずは高田馬場にある卓球場でひと勝負!
実は『少女とガソリン』の打ち上げで過去にも松村さんと伊達が対戦し、惜敗を期したのだとか……。果たして因縁の対決の結果はいかに……!?
何の関係のない千葉さんも、「オリンピックで卓球を観ていた!」とのことで、純粋に楽しんだ様子。
ほどよく汗をかいたあとのビールはさぞかし美味しいようで……。

松村・伊達・千葉乾杯!!おつかれさまです!
松村うまいわ〜。あれだけ汗かいたから。
伊達今日、卓球場を選んだのは、『少女とガソリン』の打ち上げの温泉卓球でまっつん(松村)に負けた悔しさをいまだに覚えていたからです。でも、今日も2回とも9対11で負けましたけど……。
松村みんなよく覚えてるね。
伊達勝ったほうは覚えてないけど、負けたほうは恨みを引きずってるんですよ!(笑)
松村いやらしい球を打つヒールっぽいキャラでやってたしね(笑)。
千葉いや〜卓球楽しいですね。それでこの鼎談は『はたらくおとこ』にあわせての企画なの?
伊達公式ホームページの阿佐ヶ谷スパイダース20周年記念企画です。メンバーがゆかりの人と面白い話ができたらいいなと。だから僕はオリンピックの話とかしたいんですよ!(笑)
千葉リオは卓球や水泳、体操とか、日本が強いやつを観ていました。感動したのはレスリング?そこが今回の一番の感動ポイントですかね?
伊達僕は競泳の萩野くんかなあ。そもそも僕にとって最初のオリンピックの記憶は、1988年のソウルなんです。当時は中1で、ベン・ジョンソンがカール・ルイスを破った衝撃を同級生と報告しあった記憶があって。あとは、鈴木大地の金メダルですね。おふたりはどうですか?
松村僕は1984年のロスかな。開会式のロケットマンも印象的だったし、『インディ・ジョーンズ』とか『E.T.』の音楽も手掛けたジョン・ウィリアムズのテーマ曲がすごく好きで、サントラをレンタルレコードで借りました。そのアルバムはのちのち芝居でも使ってるんですけど、メインのテーマ曲の音源はあるのにアルバムに入ってた各競技の曲が見つからなくて。ネットにもないから古レコード屋とかを探すしかないんです。開会式が好きなので、あんまり競技のことは覚えていないんだけど(笑)。リオも観ましたけど、今までではアテネが一番好き。ずっと空中で神話の芝居をやっていて、あまり映像を使わないアナログな感じが好きでしたね。
伊達最近はプロジェクション・マッピングですもんね。千葉さんは?
千葉私はなんてったって1972年の札幌オリンピックですよ!まさか日本がメダルを独占するなんてね。スキージャンプの日の丸飛行隊。
松村72年? 2歳です(笑)。
伊達生まれてない…(笑)。僕はスキージャンプと言えば長野オリンピックの原田、船木なんですけど、その当時は誰ですか?
千葉笠谷。
伊達し、知らない…。千葉さんはスキーが好きなんですか?
千葉いや、好きじゃない(笑)。どちらかと言えば海のほうが好きです。今はやらないですけど、就職してた頃には海でダイビングとかしてましたよ。
伊達スキューバのライセンス持ってるんですか?
千葉取ったのよ!沖縄で。
伊達そのライセンスって今でも有効なんですか?
千葉有効だけどもうだいぶ潜ってないですからね。あとはウィンドサーフィンとかもしてたなあ。
松村かっこいい!
千葉OLだった頃にね。
伊達学生時代はやってなかったんですか?
千葉やってないです。小学校の頃はバスケ部だったんですけどすぐやめちゃって。だからちゃんとした運動部には所属したことはないです。伊達くんはなんでもできるでしょう?
伊達幼稚園からずっとサッカーで、一時期卓球と水泳を少しかじりました。松村さんは卓球部だったんですよね?
松村中学校が卓球部で、高校がワンダーフォーゲル部。
伊達最近は登山もスポーツって言われてますもんね。
松村おしゃれになったもんですよ。山ガールの影響でトイレとかもちゃんとできてね。昔はボロかったですから。

学生演劇の街、高田馬場にて

――今回の高田馬場は、おふたりに出演していただいた作品を上演したグローブ座が近いということもあって、選んだんですよね。
伊達そうそう。まっつんに最初に出てもらった『ライヒ』は2001年で、千葉さんに出てもらった『十字架』が2002年。グローブ座は新大久保と高田馬場の間にあって、『ライヒ』のときにグローブ座の隣りの西戸山公園で鬼ごっこみたいなのをやりましたよね。
松村ちょこすいね。
伊達そう!ちょこすい!その名前をずっと思い出せなくて今日まっつんに聞こうと思ってたんですよ。
松村グーチョキパーに分かれてやる戦ごっこだよね。
千葉陣地取りみたいなやつですよね。
伊達相手チームの大将を捕まえたら勝ちっていう。それを僕はそれ以来、いろいろな現場に行くたびにやりたいと思い続けているのにできないんですよ!
松村そうなんだ(笑)。
伊達僕は完全に高田馬場は若い頃の思い出の地なんですよね。
千葉そうだ戸山高校ですもんね。長塚さんも。
伊達千葉さんは何か高田馬場に思い出ありますか?
千葉馬場は拙者ムニエルと双数姉妹のイメージがありますね。もちろん『十字架』の思い出もあります。
松村僕は今でも一番ホッとするのは高田馬場かもしれない。学生時代から飲んだりするのは馬場だけですもんね。昔行ってた店はなくなってしゃれた感じになってきてますけど。
――今回の鼎談企画ではメンバーや出演者のみなさんの口から松村さんのお名前がよく出てくるんですよ。
松村ありがたいですけど、どう見られてたんだろう。意外とうるさがただったから(笑)。でも、劇団員じゃないですけど、それに準ずるくらいの関わりの気分はあります。
伊達松村さんとは『ライヒ』が初めてだったと思うんですけど、千葉さんとの初めては、確か三鷹のお祭り的な公演でしたよね?それのワンコーナーに長塚が『麒麟』という短編を書いてて……。
松村イナギグだ。俺も書いたなあ。
伊達そうだ!イナギグだ!拙者ムニエルの伊奈(恵一)くんの卒業公演だ。お通夜の芝居で役者は本物のキリンビールを飲むんだけど、僕は弱いので本番中にボーッとしてせりふもよくわからなくなって、あれ以来本番中には本物のお酒を飲まないことにしてるんですって当たり前ですけど(笑)。
千葉三鷹でやりましたね。
伊達それが『十字架』の前だと思うんですよね。Me&Herプロデュースの『ビルの中味』とかKERA・MAPの『青十字』でも共演してるんですけど、『十字架』では僕が女子高生の真木よう子とバイクでニケツしてたところを母親役の千葉さんに引きずり降ろされるっていうね。
千葉全力でやりました。
松村『十字架』は真木よう子ちゃんが印象的だったよね。どこから見つけてきたのかなって思った。
伊達当時19歳ですよ。
千葉今回の『はたらくおとこ』も、女性は初演とは別の方なんですよね。
伊達北浦さんね。今回が初舞台だそうで。
松村初舞台なの!? 原石好きなんだから(笑)。最初から大変な群れの中に入るんだね。
伊達稽古場でみんなに注目されちゃうよね(笑)。
千葉『はたらくおとこ』の稽古はわりと合議制みたいな感じだったんですか?
松村『はたらくおとこ』はそんな感じだったけど、『ライヒ』とか『日本の女』とかはそんな感じではなかったですね。
千葉成志さんのムードでみんなが言い合う感じになってたんですね(笑)。
松村そんな感じでしたね。それで圭史が怒るっていう。
伊達稽古がまったくおもしろくなかったって(笑)。
千葉稽古がおもしろくなかったのにそれを再演するんですね(笑)。
伊達お客さんから再演の希望が一番多い作品なんです。
千葉確かにおもしろかった。愛らしい男たちが一番燃焼していた気がします。『ガラスの林檎』のシーンが好きでしたね。

小劇場演劇の一時代を築いた同志たち

千葉カムカムとうちは旗揚げの時期が一緒なんですよね。
松村でも阿佐スパも含めて、同期感というか、同時代感はありますよね。
千葉でもまあ、やっぱり劇団は維持していくことが大変ですよね。
松村阿佐スパは少人数でゲストが基本で、少し違う形態ですけど、うちとか猫ホテはメンバーが決まっていてゲストを呼ぶ形だから、同じメンツとつきあっていく問題みたいなのはありますよね。
千葉でもカムカムは若い人を迎えていますけど、うちは新陳代謝がここ15年くらいないですから(笑)。新しい人を入れる必要があったのかなと思うときもありますけど、その選択をしなかったのは自分たちなので、うらやましがっても仕方ないと思いながら見ているんですけどね。確か阿佐スパが彗星のように現れたときに、みんな「この手があったか」って言ってましたよね。
伊達少人数であとは客演っていう形ですか?
松村そう。新しいアイデアだったよね。今はもうそのセオリーが若い子たちに受け継がれて当たり前になってるよね。
伊達当時は劇団じゃなくてユニットですって言い張ってましたからね。長塚は作家として、劇団員を抱えて役を与えるために書く状況が嫌だったんだと思うんです。自分の必要な話に人を呼ぶということをしたかったのかなと。
松村僕らが若い頃は他の劇団に出るということ自体があまりなかったから。まずは自分の劇団に出続けて、そこからテレビや映画に出る人は出るという感じだったよね。僕らの先輩の時代は自分たちのところ以外は敵という発想で、「絶対観ない」という感じが普通だったから。
伊達お互いに客演しあうという文化自体がなかったんですね。
松村結成7〜8年目くらいから客演をしあう雰囲気が出だして、10年目にプロデュース公演をやらせてもらって、小劇場オールスターみたいな形はありだなと。だからこそ劇団としては、「同じメンツでしかできないことを追求していこう」とはっきり思ったというか。猫ホテもそうですよね。
千葉そうですね。劇団は帰る場所というか。呼んでいただける場所があった上での帰る場所なので、客演も劇団公演もできているのは幸せです。やっぱりわりと早い時期に阿佐スパに呼んでもらったことが大きいと思います。
伊達そうなんですか?
千葉そうですよ。阿佐スパを経験して客演をし始めた役者は多いんじゃないですか。私もそうだし。
松村僕も阿佐スパで劇団とはまた違った真面目な役をふってもらって、「こういうこともできるんだ」と気がついて仕事が広がったという恩がありますよ。
伊達それは知らなかった。おふたりとも25年、26年と劇団を続けていてうちも20年ですけど、気がついてみればあっという間でしたよね。
松村そんなに長くやっている意識ないなあ。幸い忙しかったんだと思うんです。忙しさが途切れちゃった人がやめようかなと思うわけであって、次の目標が次々あったから続けて来られた感じですね。
千葉私はまだ、劇団外の方にうまく言葉で説明することができないんですけど、やめる理由がまったくないし、まだ追い求めているものがすべて手に入ったという感触もない。まだまだ書きたいこと、一緒にやりたいことがたくさんあるんですよね。やり続けているのは、ただやりたいことがあるからだけというか。
松村本当にそうですね。最近は昔よりガツガツしなくなった感じがします。昔は売れなきゃとか食うようにならなきゃとかトップをとらなきゃとか思ってたけど、なんかもうどうでもよくなって。
千葉やりたいことをやるっていうね。
松村それがひとつ風格にはなっているかなと。そこまで残れたというか。「どうしよう!」という時期をこえて、どうでもよくなるまで続けられたことでひとつ淘汰されたと思うんですよね。
伊達確かに。やめちゃった人もたくさんいるもんね。僕も最近、前よりも演劇が好きになったなと感じることがあります。
松村純粋にね。そうかもしれない。
伊達好きかよくわかんないでやってた時代もあるから(笑)。


Page top



中山 祐一朗

伊達 暁

長塚 圭史

ASP会員募集!! チケット先行